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Cosmetic Science

客員教授からの
お知らせ

トピックス2022.05.22

巨匠の遺作 ”Memories of a Cosmetically Disturbed Mind” を懐かしむ

今日は、世界的に著名なオランダの化粧品技術者で、2011年に亡くなったJohann Wiechers氏(オランダ語発音でヨハン・ウィハース、以後ヨハンと呼びます)の遺作”Memories of a Cosmetically Disturbed Mind”についてお話ししたいと思います。

今から遡ること20年近く前、ヨハンとはベルギーで開催されたIFSCC(国際化粧品技術者会連盟)の春季理事会で初めて出会い、彼が2011年に旅先のマレーシアで肺炎による不慮の死を遂げるまで親しき友好を結ばせてもらいました。出会った当初、私はIFSCCの当時日本代表理事の通訳兼アドバイザーで、ヨハンはオランダ代表として、後に私が就任することになるIFSCCの科学担当理事でした。年齢がほぼ一緒だったこともあってすぐに意気投合して仲良くなり、年に2回世界の様々な場所で行われる理事会の期間中はよく宿泊先のお互いの部屋で明け方まで飲み明かし、翌日(当日)の理事会では二日酔いでグロッキー(笑)ということもしょっちゅうでした。先日、彼の遺作を久々に手にとって読んでみたところ、どうしても皆さまにご紹介したくなったのです。

 この本はヨハンがCosmetics & Toiletries(米国Allured社の化粧品業界誌)のために連載していた化粧品に関するエッセー全55話をまとめたものです。連載時にはエピソードによっては内容があまりに「歯に衣着せぬ」過激なものもあったため、編集者によって校閲されていたそうです。ただ、予てからヨハンは自分の本当の意図が伝わらないのでこの校閲には反発していたらしく、彼が亡くなったのを機に生前の彼の希望に応えるため、オリジナル(未修正)の全55話がAllured社の計らいにより公開される運びとなりました。

タイトルの”Memories of a Cosmetically Disturbed Mind”は、大変難解です。英語では機知に富んだ面白い言い回しであるのに日本語にした途端ニュアンスが不可解となってしまいます。あえて直訳するのであれば、「化粧品にかき乱された思考に関する想い出」とでもなるのでしょうか?男は何故働かないか(第24話:Why Men Won’t Work…)、殺しのライセンス(第26話:A License to Kill?)などなどブログには書き難いけれどキャッチーなものが多く、大いに興味をそそられます。どのエピソードも開発の裏話、消費者による評判、当局による規制、業界を取り巻く環境などなど、多様な視点から化粧品とその業界に対し忌憚のないメスを入れた快作のオンパレードです。語り調は「自虐」、「皮肉」、「ユーモア(どちらかというとブラックな!)」と「毒」に事欠かないのですが、その行間からはヨハンの化粧品科学に寄せる深い愛情とプライドに溢れています。私も化粧品技術者としてのキャリアをスタートさせた当初、化粧品科学という学問は錬金術以上ではあるが皮膚科学未満ではないか?という一抹の劣等感に苛まれた経験はあります。ただ、年数を重ねる毎に化粧品科学とはロジックに支配された要素技術の数々と心理的かつ感覚的な情緒性を融合させたスーパーサイエンスであることに気づき、次第にその劣等感を誇りに変えてきました。ヨハンの本著はまさにそのような私の気持ちの変化を後押してくれるもので、私と同じような経験をした多くの化粧品技術者を勇気づけてくれるものだと思います。

 肝心の本著ですが、Allured社から電子版(紙ベースは絶版)が発売されており、アマゾンで注文することができます。英語ではありますが、化粧品に携わっている方々、これから化粧品業界と関わっていこうと考えている方々には是非一読をチャレンジしていただきたい一押しの作品です。(神田不二宏)